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Drug&Anodyne b

成田空港に来たのは随分前だったなと、
古い記憶を手繰ってみたが思い出せない。
反響するアナウンスや行き交う多種多様の言語は まるで騒音だった。
夏彦は視界を遮るために被っていたワークキャップを
更に目深に被る。
もともと出不精な性格に輪をかけて
仕事で滅多に外出しなくなったことで
夏彦の協調性のなさは格段に悪化した。
人の多く集まる場所にいるだけでも
軽い頭痛や目眩がし、呼吸が乱れた。
一体何故俺がこんな目に遭わなければならない、
そもそも6年も連絡をしていないで今更何の用だというのだ。
言い知れぬ苛立ちが沸々と込み上げてきた。
もういっそ何もなかったことにして
この場を立ち去ろうかという考えに襲われた。
(でも…。)
記憶の奥にある笑顔が夏彦の足を踏みとどまらせる。
近衛明良はドイツ人の母を持ち、
すれ違う人の目線を総て浚えるほどの美しい容姿を持っていた。
そこに嫋やかで愛らしい性格も加わり、
一族が挙って明良を持て囃した。
夏彦の弟と同じように。
なのに明良が興味を示したのは
同じように完璧なものを兼ね備えている弟ではなく、
完璧な弟に比べて
何もかもが劣っていることを卑屈に感じている自分だった。
最初は自分に同情しているのだとか、
そういう猜疑心に捕らわれ
いつも後ろからついてくる明良を無視していた。
なのにあいつはしつこく俺にばかりくっ付いてきた。
人間として欠陥だらけの自分を好む
明良の思考がどうしても理解できず、
いつも冷酷に突き放していた。
その度、明良は困ったような顔で俺に微笑む。
自分を救ってほしいと縋りながら、
この子供じみた嫉妬も、
どうしても受け入れられない事情も知った上で
「仕方ない」と総てを受け入れる微笑み。
最後に見た、俺を庇い続けた同情の笑顔。
あの笑顔がいつまでも心の根に張り付いていて、
心を締め付ける。
国際便のアナウンスが流れ、
ゲートから人が溢れ出す。
電話の男性が言っていた便だ。
夏彦はベンチから立ち上がって流れる人の波を凝視する。
といっても明良と会ったのは6年前だ。
成長期の13歳から6年も経てば
背格好で判別することは不可能だろうが。
「日向野、夏彦さんですか?」
声をかけていたのは長身の金髪の男性だった。
やはり夏彦の予想通り日本人ではなかった。
「御足労おかけします。
彼から貴方の容姿について聞かされていたので
すぐに発見できました」
深々とお辞儀をし、丁寧な言葉づかいは
とても異邦人のそれとは思えなかった。
男性に促されるように後ろの影が動く。
なんということだろう。
目の前に現れたのは
6年前とほぼ変わることのない
背格好の近衛明良だった。
いや、それよりも驚いたのは
あの頃の柔らかい物腰の雰囲気は欠片も見当たらず、
外部に露出している皮膚という皮膚が
絆創膏や包帯で覆われていた。
「明良くん」
男性に呼ばれて明良は伏せていた顔をゆっくりとあげる。
長い前髪の下に隠れていた眼が露わになる。
左の目には大きなガーゼが宛がわれており、
右の茶色の瞳は美しい色を放ちながらも
どこか淀んだ色をしていた。
「明良」
6年ぶりに発したせいか、声が上ずっていた。
夏彦の声に明良の体が僅かに感応する。
「…なっちゃん?」
6年ぶりに聞くあの時の同じ懐かしい声だった。
6年前となんら成長していない自分、
なんら変わりのない明良。
長い時を隔ててもお互い柵からは解放されないのだろうか。
明良の右の瞳から落ちた涙が
始まりを告げる合図のように夏彦は感じていた。

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