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Drug&Anodyne

遠くから空を割るようなサイレンの音が近づいてくる。

地を蹴り上げる複数の足音とどよめきが

担架と共に扉の奥へ吸い込まれていく。

自分は緊迫した部屋の前を忙しなく交錯する人々を

ただ薄ぼんやりと眺めていた。

心には破門ひとつ立たず、

扉の上で恍惚と光るランプを見上げていた。

赤い色がやけに目に痛かった。

事態は人々の心に、

少なくとも親族の心に大きな亀裂を残したのだろう。

自分ただ一人を除いて。

その事実に涙の一つも流れなかった。

でもこれで明確になったことがただ一つある。

葬儀も程々に片付き、
憔悴仕切った親族の前で静かに言い放った。

「僕は何も要りません。

財産も権力も名誉も何もかも必要ありません。

総てをお返しします。

その代わりにお願いがあるのです」

あぁ、やっとこれで

「僕の存在を、忘れてください」

僕は自由になれる。



その世界から自分を引き離したのは

家じゅうに響き渡る電話のコール音だった。

どうやらサイレンに聞こえたのはこの音らしい。

なんだ、紛らわしい音をしていやがる。

日向野夏彦はもそりとベッドから抜け出す。

家の電話番号は限られた人間しか知らない。

しかもかけてくるのは凡そ仕事関係の人間だけだ。

無視しても良かったのだが

あまりにも長い時間コールし続けるので

陰鬱な気持ちを引きずりながらも受話器を取る。

2分以上もコールするなんてよっぽどの失態をやらかしたんだろうか。

「…もしもし」

しかし返ってきた声は予想していた人物からではなかった。

「日向野夏彦さん、でいらっしゃいますか?」

知らぬ男の声だった。

イントネーションが若干おかしな点から

相手は日本語が達者な外国人のような気がした。

「えぇ、そうです」

「実は近衛明良さんのことでお電話させていただきました」

近衛明良、

それはずっと昔疎遠になって記憶の彼方に追いやってしまっていた

幼い親戚の名前だった。

「えぇ、そうです」

「少しお話が長くなりそうなのですが、お時間よろしいでしょうか?」

電話の回線を子機に移し了承すると

男性の声が少し和らいだようだった。

もう何年も見ることがなかった家の夢。

そして今更現れた遠方の親戚の名前。

単なる偶然とは思えなかった。

どちらにせよ面白いことにはならないだろうな。

夏彦はため息を抑圧しながら男性の話に耳を傾けた。

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