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世界の始まりの店から a

 「僕があの子に下心がなかったかと言えば、正直嘘です」
「…へぇ」
「貴方のことを心底愛しているということは知ってしました。
本人がよく喋るので。
でも人間、完璧に近いものほど
綻びが出易いものです。そうでしょう?
まぁとにかく僕は隙あらばその綻びに入り込んで
惹き付けてやろうという算段で、
モデルの件を引き受けました」
「えらく自分に自身があるんだな」
「えぇ」
目の前の青年は至極あっさりと自分の行いを肯定した。
優美な動きで目の前のカップを持ち上げる、
その仕草にすら高貴な印象を植え付けた。
日本人としてはあまりに掛け離れた美貌、
黒い瞳を彩る睫毛や、
ティーカップに触れる指先のしなやかさとか、
とにかく彼は人の目を惹き付けて病まない人種なのだろう。
あの子が絵のモデルにしたいと思うことも、
不服ではあるが頷けた。
確かに、彼は生きていることすら
疑問に思えるほどに完成されていた。
「貴方はあの子が絵を描いている姿を
間近でご覧になったことはありますか?」
「ない、な」
「描いている絵は?」
またしても重たい首を横に振る。
興味がないわけではない。
ただあの子の作品を目にした時
何て言ったらいいのかわからないから、
臆病になってずっと逃げている。
俺の中では絵なんて高尚な趣味は持ち合わせていない。
だからきっと、自分の軽率な言葉であの子を傷つけるのが怖かった。
いや、それよりもっと怖いのは
俺が自分を傷つけてしまって落ち込むのを
誰よりも傷むあの子は
それを悟られまいと隠すことに
俺が気付けないことだ。
知らない場所であの子の傷を増やして
気付いた時、絶望の淵まで追いやっていないか?
あの子は傷ついても悲鳴すら上げない。
ただじっとその傷に耐え続ける。
治ることのないその傷を抱えて
見ないフリをして、必死に笑うから。
「普段はあんなにへろっとした感じなのに
キャンバスを前にするとね、すごく変わるんです。
獲物を捕らえる肉食獣というか、
きっとあの時あの子は
自分の中で押し殺している
とても本能的で野蛮な感情を表すんですよ。
僕はきっと、あの目にやられたんです。
あの目に殺されて、生き返って、恋をした」
ただ人に拒絶されることが
死ぬより怖いあの子が
己の強欲、嫉妬その総てをぶつけられたのは
一枚のキャンバスのみ。
理解など求めない、
共感なんてものも必要ない。
ひたすらに思いの丈をぶち込むその姿は
なにか、孤高に戦う中世の騎士を想起させた。

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