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アナモル・フォーシス『MONDO PIECE』 d

見上げるほどに大きな背丈、
うっすらとした西洋人なのに
瞳は東洋の切れ長の深い色。
私とは少し違う、夕焼けの一番深い、赤茶の瞳。
私の五分の一くらいの時間しか生きていないのに
何も知らないくせに
あの瞳が音もなく私の隙間に入り込んでくる。
私が救済するために部屋に通した時は
あんなに腐敗した目をしていたのに
リブラリアンに転生した後は
何か吹っ切れたのか
今は飄々と私の周りをうろついているのだった。

描かれた星空に向かって手を伸ばす。
乱雑に巻いた包帯が痛々しく幾重にも交錯していたが
もう痛みは何処かへ消えていた。
光の下で陰る掌をじっと見つめる。
同じ形、感触、温度
その総てが重なったあの日を、私は懐古していた。
同じ顔。同じ個体。
でも心だけ、二つに切り離されてしまった私たち。
今はもう、話をすることも
抱きしめることも叶わない
願ってしまった故の罰。
「あぁ、やっぱりここにいた」
天地逆になったアイザックの顔が被さる。
「いつも此処にいるな、お前」
「…なに?」


連れられてやってきたのは
私の部屋だった。
見慣れた部屋なのに
テーブルの上には見慣れないものが鎮座している。
「…なにこれ」
「見てわかんないか、ティーセットだよ」
「いや、そういう意味じゃなくて…なに?」
少し屈んだ体制で私に手を伸ばす。
これはなんの真似事だろう…。
私が何もせずに突っ立っていたら
痺れを切らしたアイザックが
強引に私の手を引いて椅子に座らせた。
何か言い返そうと思ったけど諦めた。
彼に自分の常識なんて通用するはずがない。
座らされた席の前には
写真や映像で見たことのある
見事な細工の御菓子。
「なにこれ」
「今日は質問が多いなぁ。ケーキだよ。
お前写真で見て食べたがっていたろ?」
「知ってる」
「もっと細かく言うと、ホワイトチョコのムースです。
横のは飴細工の花。勿論食べられます」
「どうしたの」
「作ったの」
「誰が?」
「俺が」
「…はぁ?」
もう彼の考えていることが一ミクロンも理解できない。
脇に置いてあったスタンドから
銀のフォークを取り出して私に手渡す。
「食べてみて」
「………」
やっていることはいつもの戯言だけれど、目が笑っていない。
その雰囲気に気圧されて仕方なくフォークを受け取る。
ホワイトチョコレートのムースは見た目以上に柔らかくて繊細だった。
フォークを入れるとふんわりとした泡がはじける音がした。
チョコレート特有の甘くて濃厚な香りが口の中に広がる。
「どう?」
「………どうって」
「おいしい?」
「……多分」
「そっか」
しばしの沈黙が私の心に微細な圧力をかけてきた。
堪えきれずに何か発しようとした時、
「お前の心の空白をほんの一瞬、埋められたかなぁ」
ーあぁ、そうか。
「…どうだろうね」
彼はなりたかったのだろう。
私が体を抉るナイフの代わりに。

この身体は鈍感だ。
どんなに自分が傷だらけでも
それに気付くことはない。
一瞬の痛みをすぐに忘れてしまうから。
なのに彼は
私の鈍い心に可能性を教えてしまった。
頑なに閉ざされた心が少しだけ開いて
人の温もりが染みこんだ。
そしたらその温度は血を巡らせて
私の心が如何に悼んでいたのかを
明確にしてしまった。
痛みはまたすぐに消える、なんの痕跡も残さず。
だから私は生涯この謎を
解き明かすことなんて出来ない。
一生、穴だらけの欠陥品。
「お前が望むなら毎日作ってやるさ。
だからその代わりナイフを辞めること。どう?」
「…考えておく」
「素直じゃないなぁ。おまけに可愛くない」
白い指が頬のクリームを拭う。
なぜ
何故私に構うんだ。
私の隙間に入ろうとするんだ。
違う
違う本当は
貴方じゃないのに。
「ーーーっ!!」
唇を滑る指を思い切り噛んだ。

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