スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

  • -
  • -
  • -
  • -

アナモル・フォーシス『MONDO PIECE』 c

 「…あ」
目の前の彼女は俺の声に顔を上げるが
俺だと気付くとしまったという顔を一瞬覗かせた。
昨日隙間なく包帯を撒いた左腕を
恐らく掻き毟ったのだろう、
包帯は引き千切られ、襤褸切れのようで
辛うじて彼女の腕に纏わりついている。
うっすらピンク色、所所がどす黒く染まっていた。
こういう結末になることは
大方予想がついていた。
予想がついていたからこそ、自分に落胆した。
自分の言葉が彼女に届くはずはないのだと。
彼女はその一瞬の隙を突いて
俺の横を軽やかに擦り抜ける。
「エイミィ…!!」
呼びかけてもなんの反応も示さない。
小さな身体はあっという間に見えなくなった。


初めて会ったのはもう幾許も前のことだ。
総てに絶望して飛び込んだ海の先は
なんともメルヘンチックな小部屋だった。
ぬいぐるみやブリキの玩具が統治する
小さな王国のお姫様は
ウサギや狸の衛兵に囲まれて
静かに佇んでいた。
過ちを犯し暗い海を彷徨う愚かな人々を
灯台の如く導くを与える聖女は
夜の海の色をした瞳をしていた。
闇に包まれた光すら灯らない、漆黒の海。

あぁ、この瞳を
俺はよく知っている気がするんだ。

「…やさしくなんかしないでよ。
アンタがいなくなって生きていけなくなりたくなんかない」
そう突っぱねるのに
美しい神様のつくりもののような顔に涙を溜めて、
俺の袖をしっかり握った手は震えていた。
尽きていくタイムリミットを告げる砂時計の
落ちていく砂を必死に掴み取ろうとするように。
「ごめんな」
無力な自分を慰める言葉。
彼を救えない現実への懺悔の言葉。

このか弱い手を握ってあげることは出来るだろう。
今はもう無力ではない、微力な自分なら
彼の隙間を束の間埋めてあげることだって。
でも違う、違うのだ。
本当に望むものを与えてはやれない。

俺が彼の欲望を処理してやって
救われるのはほんの一瞬満たされる彼じゃない、
何も出来ないと思わせられて
ほんの少し誰かを救った気に浸れる自分自身だ。
「…ばかやろう」

美しい容姿を持った彼のまわりには
いつも人が溢れていた。
人々は彼を敬い、持て囃していたが
彼は心にいつも空白を抱えていた。
その空白に人は気付くことはなく、
或いは気付いたとしてもそれを補う術を知らない。
彼はその空白を煩わしく感じていた。
しかし過去の経験から
素直に心を開くことなぞ、出来るはずもない彼は
他者に面と向かってそれを求めることが出来なかった。
しかしある日、知ってしまったのだ。
空白を埋める術を。
その瞬間、彼は何を思ったのだろう。
とにかく、彼は初めて生きた心地を味わったに違いない。
「あぁ、これはこれは誉れ高き頭首様。
どうぞ私を買っていただけませんか」
自分をこんな目に遭わせた者への復讐を糧として。

スポンサーサイト

  • -
  • -
  • -
  • -

COMMENT

TRACKBACK

この記事のトラックバックURL

▲top